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itoいとしほにゃららと。

鎌倉に住むヒトの皮を被った猫のような人の記録。

25歳の”私”が生まれるまで⑥

このシリーズほんと長い(自分で言うか


当初は
3回くらいでおさまるかな!
なんて思ってたんだけど
だんだん書きたいことも増えて
気がついたらすでに倍の投稿数←目測甘い



Facebookでコメントつけてくださる方
わざわざ連絡くれて
「読んでる!」と伝えてくださる方


どうもありがとうございます





今日は
母に話した件について触れようと思っていたけど…


その前に
私的には今思い出すと笑える
「好き」
「ワクワク」
「楽しい」

の感覚を取り戻すまでのことを書こうかと






*「何かをしなければ、残さなければ、愛されない」という世の中に対する大きな勘違い

さて

”自分自身”に

「てめえ、此の期に及んでまだ逃げるのか!ビクビクしてんじゃねぇよ!( ´_ゝ`)」

と、それは強烈な右ストレートをくらい←

くらっただけでなく
もはやダウン奪われKOしたわけなんだが←




その時に(ようは寝たきり時)
ほやほやっとした”夢”が生まれました




この時生まれた夢が”宿”

まだふわふわしていたけど
キーワードとしては出てきていた


今日書きたいのは
早死にしたかった人間が
鬱の私が
”夢”を持つまでになったということ
”やりたいこと”を見つけたということ

そうなるまで
何をしてきたかというところ






不明確であれ
”夢”を持つなんて
それまでの私にはなかった感覚だった




なぜかというと

「私は何をやりたい」
ではなく

「何をやるべきか」
「何を与えなきゃいけないか」
「何なら喜ばれるか、価値提供できるか」

を考えて行動していたから



今思うと
超ドン引き_:(´ཀ`」 ∠):ぐふっ




ただこの時の自分を擁護するならば

「何をやりたい」
なんて
私は望んだらいけない人間なのだと
本気で思っていたし


そんでもって
何かをしなければ愛されない
何かできなければ居てはいけない
と本気で思っていた

※実際何かやりたいことがあって話せば、父は「俺は同じ歳の時そんなこと許されたことはない」と100%否定&ブチ切れだったので、怖い・面倒くさいという気持ちが先行して、話すこともなくなったし、考えることも放棄するようになったと思う
※結果、怒られないことは何か、仕打ちを受けないことは何か、なるべく喜ばれることは何か、面倒くさい結果にならないことは何かをを考える癖がついたと思う




そんなことは大きな勘違いであり
”何かしなければ”と考えているということは
見返りを求めているなぁと今は思う


それよりも先に
人は自分が満たされていなければ
誰かに何かを与えるなんて
本当の意味ではできないのだと
今なら思う



*子どもに戻ったつもりで、色んなことに手を出してみた


そんな私だから
「好き」「ワクワク」「楽しい」
という感覚は長年失っているに等しくて


人に
「何が好きなの?」
と聞かれても
まっっったく答えられなかった


義務感から物事選ぶんだもん
そりゃ楽しくないわ←




寝たきりになって
”宿”というキーワードは出たけど
それを明確にしたくて
本当なのか確かめたい気持ちもあって
社会復帰のリハビリを兼ねて



本気でね
本気で…

読書がんばったり
ぬり絵やってみたり
アロマオイルとか
ハンドクラフトのワークショップとか
ヨガとか
資格とか
色々行ったりやったり調べたりしたわけですよwww
※今思うと、ほんと笑える



本当に色々やって
やっと
「やっぱりこれが好き」
というものを感じられるようになり


”宿やりたい”
と明確に考えるようになったわけです





その色々の中でひとつ
飲食店巡りがありました





*無意識にストレスフリーに行っていたことに隠れていた「ワクワク」のヒント


もともと一人で食事したり
お店発掘は大好きだったし

単純に食べることがとにかく好きだから
飲食店巡り
と、その時までは思っていた

あとは人がたくさんいる中に行って
人慣れしたいことも目的だった




その時も
あるカフェで一人で食事してたんだよな




で、いつも何してるって
その時まで気づかなかったのだけど…

私はただ食べてるわけではなかった



まず店員さんを目で追って所作を見る

わーこの人歩き方きれいだわー
指先まで気遣う人だわー
あ、この人はすごい視野広いなー


服装を見る

ユニフォームかなー?
私服なのかなー?
かわいいなーかっこいいなー


グラスを見る

ここは洗い物しっかりしてるんだなー
グラス私にはちと大きすぎるかなー


待ってる間に空間を見る

テーブルいいなー
ソファの質感好きだな…
ここにほこり溜まらないてことはすーごい掃除してるんだなー
天井の感じ好きだなー
窓の大きさいいなー
あそこにグリーン置くのは何か意図があるのかなー


料理が来る

この店員さん置き方丁寧だわー
去り方も丁寧だわー
お皿かわええ!
どこの皿だ!
盛り付けいいなー
自分でもやりたいなー
写真写真……


いやいい店ー!
メモメモ…………_φ(・_・






はう?!( ゚д゚)





ここまで頭ぐるぐるさせて疲れないとか

これが好きなことなんじゃないか?!

わざわざメモまでするなんて
今まで気づかなかったけど
結構好きなんじゃないか?!





*気づくことができた私の好きなあれこれ


で、その時
泣くくらい嬉しかった

あーよかった
私好きなものあったんだ

なーんて思った



色の組み合わせや形を見たり、自分で組み合わせることが心底好きだと気づいた


食べることが一番好きだけど
どうやら作ることも好きらしい

スパイスとか勉強してみたいなとも思ったり

あとは食に関する”器”も好きで
器と食材の色を見たりすることがとても好き

ゆえに
懐石料理とかすごく惹かれるし
ワンプレートでも食材の色遣いや配置が気になる


  • 空間を作る

部屋を作ること
家の中を色々コーディネートすること

インテリアはもちろんだけど
家具や照明を使って
限られたその空間をどう彩るか
見た目だけでなく
機能的にどう住みやすくするか
諸々含めてどうしたら満たされた空間になるか

これを考えることが好きだと気づいた





「衣食住」


そのものだなと私は思う。




どれかひとつではなく
生活を営むうえで関わり深い
これらをコーディネートすることが
とても好きなのだと気づいた


だから
飲食店でずっと働き続けたし

食だけに目を向けるのではなく
空間デザインやユニフォームにも
納得できるかどうか
いつもそこを重視していたのだとわかった



これら好きなことに気づいたからこそ
”宿”という発想がほやほや生まれてきたことにも
深く納得できたし
”自分のための衣食住を感じられるような宿”
というイメージにもつながる



*「好き」「楽しい」「ワクワク」を仕事にした今


こうして
自分の好きなもの、満たされるものに
やっと気づくことができて

その日はとにかくワクワクした




これらに携われることができたら
私は毎日どれだけ幸せだろう


好きなこと、ものに
毎日触れられる環境を自分で作れたら
どう変化していくのだろう




これが
今の仕事につながる




ご存知の方もいらっしゃると思いますが
だから私は今の仕事を選びました






結果

毎日が幸せで
毎日が実験で
毎日が楽しくて

ワクワクして働いています





学生時代
仕事に関する視野がとても狭かったと思うし
義務感で仕事をしていた鬱直前の私に
言ってあげたいと思う




自分のワクワクや好きに従って仕事して
全然いいんだよ






このおかげもあってか
精神的にも少しずつ健やかになり
社会復帰していくのでした






ここまで身を以て
多くのことを学んで
気づかせてもらって

かなり精神的にも安定してきたところで

人生最大の課題であろう
「実の母へ打ち明けること」へ向かう



やっとこさ山場

次回こそ
母に打ち明けたことについて書きたい

25歳の”私”が生まれるまで⑤

前記事は
旦那さんを褒めちぎるような文章でした…

が、最近この人のおかげで
数日鬱になったので
そのうちぶった斬る文章も書きます←



さて今日は
娘だと言って可愛がってくれた恩人に話したときのこと、その時の私のことを書こうと思う。




*「お前さえ耐えれば家族は壊れないかもしれない」という言葉を恩人に言い渡されるという人生の課題


恩人の方に話すまでの間に

友達二人
旦那のお母さんには話すことができて
その度に固定観念を壊してもらい

その度に
どれだけ周囲の人を信頼していなかったか
どれだけ自分は臆病な人間だったかを
気づかせてもらい

その度に
どれだけ無条件に愛してもらっていたか

痛感していくのでした




そして
恩人の方に話すことにした

この方は
私の両親が結婚する前から
二人がどんなだったか知っている数少ない人で
私が上京してくるにあたって
親代わりをしてくださってた方です




その人に話した時


両親には絶対に言うな
他人にも絶対に言うな

お前さえ耐えれば
家族は壊れないかもしれない

お前だって
家族が壊れることは嫌だろう?

それに
こういう話は
みんながみんな受け入れる話じゃない

お前がこの先傷つくかもしれない

今話してスッキリしたなら
もう死ぬまでこのことは他言するな


と言われた






それまでは
少しずつ周りに打ち明けていくことで
自分が全否定してきた生い立ちを
受け入れていきたいと思ってた



けど

尊敬する大恩人にこのように言われて
揺れ動き
一度
「やっぱりやめたほうがいいのかもしれない」
「やっぱりやめよう」

と思いとどまった






*本心を偽ることを”私”はもう許さなかった


その日の夜中のこと



突然の嘔吐
まったく止まらず


これだけ吐くと脱水起こすな
やばいかもしれないなと思い
水を飲むも
それもすべて吐く

さすがに焦る
水を飲めないだと:(;゙゚'ω゚'):


でも嘔吐は止まらない

もう出すものもないのに
いつまでも嘔吐は止まらない


そのうち手足が冷たくなって
全身の痙攣がはじまり
立ち上がることができなくなり
目がチカチカして
呼吸が苦しくて
意識を失ったらしい



また吐き気で目が覚めると
トイレの横で倒れていた


「さすがにやばいか?」

「どうして急にこんなことに?」

「食べたものが悪かった?」

「風邪か?」





痙攣しながら
吐きながら
目眩を起こしながら
ぐるぐると考えて



ひとつ
腹の底から出た言葉があった

私はこの時のこと忘れないだろうなと思う





「憎い」



という言葉







父に対してもだろう
過去の自分に対してもだろう

そして
本心はどうしたいかわかっているのに
未だに逃げようとした
今の自分に対してだろう





もんのすごい
ドロドロしたどす黒〜い感情が出てきて

「今まで20年以上見て見ぬ振りしてきたものの積み重ねだろうな」
と思った





旦那に助けてもらって
熱をはかると40℃ちかい

脱水症状も起こしている

けど
完全に精神的なところからきていると
自分で理解していたから
病院へ行くことはなかった
※正しいかはわからないけど







それから丸1週間

私は身体を動かすことができなくなった




食事もできない

なんとか水分だけは飲める

トイレとベッドだけを往復する生活

身体も臭ってくる

髪もボサボサになる

ごはんも作れない

家事なんて何もできない







申し訳なかった
恥ずかしかった


この時は、旦那に対してそう思っていた




あまりに情けなくて
あまりに惨めで

私は謝った

こんなになってごめんなさい
迷惑かけてごめんなさい
臭いし
ごはんも作れないし
ごめんなさい
私は恥ずかしい






この時に
また旦那はいつもの調子であることを言った






*生きているだけでいいんだよと言葉にして伝えてくれる人

( ˘ω˘ )
ほんとに馬鹿だね、みっちゃん


(;_;)
………ごめんなさい


( ˘ω˘ )
あのね
よく聞いてね

生きてるだけでいいの

何かできるからいいとかじゃないの
いてくれるだけでいいの


(;_;)
どうして?
いいの?
何かしなくていいの?


( ˘ω˘ )
ごはん作れなくてごめんなさいとか
臭くてごめんなさいとか
ほんっっとに馬鹿じゃないの?

そういうところで価値を感じるんじゃないよ
いてくれるだけでいいんだよ
どんなになってもいいよ


(;_;)
何それわからない
私仕事もできないのに



( ˘ω˘ )
いてくれるだけでいい
生きてるだけでいい
みっちゃんが元気で笑えるようになったら
もっといい

でも
今のグダグダみっちゃんでもいい

これでもまだ自己否定するの?


(;゙゚'ω゚')

グダグダでもいい…ですと…?



_(:3 」∠)_
そうだよーいいよー
みっちゃん真面目すぎだよー

別にいいでしょ
人間なんだし
みっちゃんの場合軽く20年分溜めてるから
ハイパーグダグダでしょ

もう苦しむのは十分
十分すぎるくらい耐えてきてるよ

ごめんなさいするなら
自分に対してごめんなさいだよ


(;゙゚'ω゚')

自分に対してごめんなさい…?



( ˘ω˘ )
そうだよ
自分にごめんなさいとありがとう
今まで我慢ばかりでごめんなさい
耐えてくれてありがとうございますでしょ
自分を労われってこと


そうだ、みっちゃん
それなら、大好きな鎌倉行っておいでよ




そう
この時にげんちゃんは
私に鎌倉へ行く提案をした


私は引きこもりの寝たきり状態

人と会いたくないレベルMAX



でも
自分のための時間を過ごす場所として
鎌倉を選んだ





*誰に何と言われても、自分のために自分の力で歩くことの腹を括っているか確認する課題



私は

大恩人というような人から本心とは真逆のことを提案されても、自分の本心に従うことができるか?
自分の本心を自分自身で実現する気は本当にあるか?

というところを試されたと思っている。
人生の課題のひとつだったと思っている。



これまでは
「父に言われたから歯向かえない」
だった




今回は
「恩人に言われたから…」と
また自分の本心とは違うレールに沿って歩こうとした


けど
もう私自身がそれを許さなかった


だから
無理矢理にでも足を止めるために
気づかせるために
1週間寝たきりの状態になったんだと思う





*本心・直感・本当はどうしたい?に従って生きるとそれを実現させようと世界は回り始める

ということが
この経験で知ったことである。



本心を無視した時
実現の流れがあるのに
それを自ら止めようとした時
もう動けないような身体の状態になった。


こうなると
否が応でも考えさせられる。





そしてもうひとつ知ったこと


どれだけ身体にいい生活をしていても、心が幸せじゃなければまったく意味を成さないということ。




よく、某ハンバーガーを毎日食べていても長生きしていて健康な人もいると聴く。

化学的なところを言えばどんなもんかなと正直思うところはある。

でも
元気で健康でいるのは、食す人の心がきっと幸せで満たされているからだと思う。

幸せなのだから
病など巣食うこともないのかもしれない。





寝たきりになるまでの私自身の食生活はかなりいいものだったと思う。
栄養バランスもかなり配慮したものだったという自負がある。




それでも倒れる時は倒れる


一過性のものだったけど
私の考えを覆すには十分すぎる経験だった。




身体を作るためにもちろん栄養素は重要。

しかし
理論よりも心の方が
※心というよりも腹の奥底にいる自分というか何というか
比べ物にならないほどに
今の自分はどうすべきかを知っている。







私はこの後に鎌倉へ行くことになる。
私にとっての鎌倉は幸せになれる愛しい場所 - itoいとしほにゃららと。
このお話につながっていく(o'ω')ノ






*「できない」と言ってチャンスを放棄してきたのは、すべて私だった


「本当はこうしたい」

「でも、◯◯だからできない」

というのは

実はそれは本気でやりたいことではないのかもしれないし

◯◯のせいにして
自分の力で自分の願いを実現させることから
逃げているのかもしれない






私の場合はひたすらに逃げてきた。




本当は誰よりも愛されたかったし

父に歯向かってみたかったと思う

「気持ち悪いんだよクソジジイ!」
くらい言いたかったと思う


お前は嫌われてる
お前は愛されていない

と言われ続けても
ちがう!と否定したかったと思う




けど
「そうか嫌われてるんだ」
「こんな私にはできないんだ」
と思い込んで
判断して
ことごとくチャンスを取りこぼしてきたのは
チャレンジさえしないことを選択してきたのは

紛れもなく私自身

他の誰のせいでもない

私が選んできたこと

つまり
私が望んだ通りの人生を歩んできた





「じゃあ、真逆のことをしたらどうなる?」

「愛されているということを自分の力で自分自身に証明できたら?」

「やってみたい」



私は実の母へすべて打ち明けることを決めた。



次回はこの時の話かなぁ

25歳の”私”が生まれるまで④

なんとか続いてる自分史更新

いつも長くて長くて
自分でも
こんなに書くことあるんかい_(:3 」∠)_
と突っ込みたくなってます。笑



今日は…

この人に
自己開示をした時のお話を。





*どうやら人は本当に言いたいことを長年言えてないと、声が出なくなるらしい


決断をしたものの

20年以上
ほぼ誰にも話したことがないことだから

それはもう緊張と恐怖と不安で
吐きそうになってました_:(´ཀ`」 ∠):←



すでにこの時引きこもっていたこともあり
いつにも増して重苦しい雰囲気


「話さなきゃいけないことがある」

「誰にも言えなくて20年以上黙ってきたことがある」


までは言えるものの
その先が口を開いても音にならない
”声”として出てこない


パクパク、パクパクずっとしてて
なんてこったい
こんなことになるんかい:(;゙゚'ω゚'):

と焦った記憶がある


そのうち過呼吸のようになってきたから
旦那のげんちゃんも

「……どうしたの?」

と深刻な表情になってくる




あのね
20年以上
怖くて母親にさえ
言ったことなかったんだけどね



父親に性虐待を受けていた


そんな自分が気持ち悪い
そんな自分が大嫌い
当時は小さくて何もわからなかったとはいえ
そんな経験がある自分がかなり気持ち悪い


私、自己否定すごいよね
いつも自信なくて
ほめられることが苦手で
何をがんばっても達成感がまったくない


早死にしたいって言ってたこともあるよね
こんな経験してて
子どもも産めないと言われて
女として生まれてこなきゃよかったと
心底思ってた
だから
若いうちに早死にできたらいいと思ってた


でも
できないと思ってた結婚をげんちゃんとして
やっぱり子ども諦めたくなくて
ハーブ療法とか学ぶようになった
お客様もできた


最近必死にがんばってたけど
がんばれなくなった

メンターの方に
「表面上の言葉だ」
と言われて反発したけど
たぶん表面上の言葉だった

私、がんばりたくないのにがんばってた
他人のせいにしてがんばってた
他人に認められたくてがんばってた

自分のためにがんばってなかった


Eさんに会って話して
そういうことを自覚した

その根っこにあるものが
性虐待受けた私は価値がないって思いで
この経験を受け入れられてないってことで


でも
私平気です、気にしてません
ってフリして嘘つくことが嫌になった

もう一人で黙っていることが嫌になった

喜怒哀楽をちゃんと表現したい

もう自分に嘘つきたくない

誰かのためと言って
自分の選択を他責するような生き方はやめたい

誰のせいにもしない
自分は100%どうしたいかで生きたい

だから
それを始めたいから
一番嫌われたくない人に一番最初に話したの



そーんなことを
ポツリポツリ
過呼吸になりながら話してたと思う



しかし
次の言葉に
目の前の人の表情に
私は拍子抜けさせられたのである………








*一世一代の黒歴史告白に「よかったーーー!!!」と満面の笑みで言い放った旦那

えええええー!!!
:(;゙゚'ω゚'):


今!
この人!
よかったーーー!!!!て!

ええええー!!!!!




唖然。

開いた口が塞がらないとは
たぶんこの時のことを言うんだと思う←



(;゙゚'ω゚')

何言ってるの…どゆことよ…



(੭ु´͈ ᐜ `͈)੭ु⁾⁾

え、だって
みっちゃん誰かに何かをしたわけじゃないもん

みっちゃん
誰も傷つけてないもん
自分のことは自分で相当ボロボロにしてるから
馬鹿だなこいつと思うけどね


(;゙゚'ω゚')

ばか……………???



(੭ु´͈ ᐜ `͈)੭ु⁾⁾

あんたやっぱり馬鹿だねぇ


(;゙゚'ω゚')

ば、ばか…………ですと……2回目……



(੭ु´͈ ᐜ `͈)੭ु⁾⁾

そうだよー
なんてまあヘビーなこと
ずっと独りで抱え込んでるのよ
よく生きてたねこれは


(;゙゚'ω゚')

お、おう…………



(੭ु´͈ ᐜ `͈)੭ु⁾⁾

あんまり黙ってるから
実は殺人事件でも起こしてるとか
言われるのかと思ったよ〜
あーよかったよかった♪♪(寝る準備ごそごそ


(;゙゚'ω゚')

……(私にとってはよくないんやで…!)


(੭ु´͈ ᐜ `͈)੭ु⁾⁾

あのねー
それしきのことで
俺だけじゃなく
みんなきっと
みっちゃんを嫌いになんてなってあげないよ



( ゚д゚)

嫌いに…ならない…???
気持ち悪くないの?



(੭ु´͈ ᐜ `͈)੭ु⁾⁾


何に対して?


( ゚д゚)



(੭ु´͈ ᐜ `͈)੭ु⁾⁾

やっぱりあんた馬鹿だね♪♪

(;゙゚'ω゚')

………(馬鹿3回目やで…!)



_(:3 」∠)_

じゃあ
みっちゃんは
俺がそういう体験とかしてたら
嫌いになったり
気持ち悪いと思うのー?



(°_°)

ならない



(੭ु´͈ ᐜ `͈)੭ु⁾⁾

そゆことー同じー
自信持ちなさい
みっちゃんは愛されている
みっちゃんのことを
好きな人はたくさんいるって俺は知ってる

俺だけじゃなく
他の人にも話してみたらいい

絶対みんな
お前のことは助けるよ


もうやめなさい

独りでウジウジすることも
自分のこといじめるのも

いい加減
ゆるしてあげなよ









*がんじがらめの鎧をひとつ脱いでみた時、世界はあまりにも明るく色を変えてしまった


こうして
一番嫌われたくない人には
笑い飛ばしてもらって終わった自己開示。




だから私はあなたと結婚したのだろう



自己否定ばかりの私だったから
プラスマイナスゼロになるように
半分こになるように
ちょうどよくなるように
ポジティブの塊のようなこの人と
結婚することになっていたのだろう







自分の中で世界がひっくり返った瞬間でした



私の中では死にたいほどの出来事だったのに
それを笑い飛ばす人が世の中にいると知った

なんてことない
嫌いになんてなってやらない
馬鹿だねと
笑ってくれる人がいた


まさかそれが
旦那だとは思わなかったけど







世界がひっくり返った私は
ここから紆余曲折はあるけど
どんどん新しい世界を開いていくようになる

その中で
もう一度立ち止まるのだけど
「その選択は違う」
と教えてくれたのは自分自身でした

次回はそんなお話になるんじゃないかな

25歳の”私”が生まれるまで③

思いの外長くなってるこのシリーズ
誰得なのかわからないこのシリーズ

それでも書く私_(┐「ε:)_おーいえー



また昨日の続き



*”誰かのため”の自己犠牲は、結果何も生み出すことはない


高校生の時、
子宮を患っていることがわかった私は

「子どもは産めない」
と言われたこともあり
毎日もんのすごーく卑屈になっており( ´Д`)y━・~~


その中で
フラッシュバックするようになった体験がひとつ


それが、性虐待






子どもを産めない身体

ぷらす
5,6年に及ぶ性虐待を経験している

相手は実父






いったい
女に生まれた意味、価値が
私のどこにあるというのか

男に生まれていたら
こんな思いしなくてよかっただろうか

というか
人としてどうなのよ


毎日こんなことばかり考えていたら
自分の存在がとにかく気持ち悪くてたまらず
気づけば自傷行為をするようになり_(:3 」∠)_

でも
誰にも頼れず_(:3 」∠)_

嫌われること
家族がバラバラになることが
怖くて怖くて
もっぱら
「ワタシハダイジョウブ」
という顔をして_(:3 」∠)_


もうパンクしてしまったのでした_(:3 」∠)_



一度
性被害に苦しむ女性のための支援団体のようなところへ電話をかけて、学校をサボり、代表の方に会っていただいたことがありました。

何も知らない人だからこそ
失うものがないと思って
怖がらずに話せたと思う。


「よく耐えてきたね」
「よく話してくれたね」

と言っていただいて
その時はその時でスッキリしたものです。




そして
その時に質問された言葉

「訴えようと思えばそれもできる。あなたはどうしたい?」




私は

「そんなことは望んでいないです」
「大丈夫です」
「父のことは恨んでいませんから」

と答えていた。




この時、私は”いい子”を装ったのだと思う。

法的に訴えようと思っていなかったことは本当。

でも、
大丈夫です
恨んでいません
という言葉は本当ではなかったと思う。



あちらの方も
「我慢することも、無理することもないんだよ」
と何度も言ってくださっていた。

それでも私は

「父がかわいそう」
「家族を壊したくはない」

と言って

これで解決した
スッキリした
もう誰にも言わなくて大丈夫

と決めてしまったのでした。



私はこの時
父と家族を理由にして
人生の課題から逃げたのだと思う。


自分が幸せを感じていないことを
他人のせいにすることで
楽な道を選んだのだと思う。


父がかわいそう
家族を壊したくない

だから、私が我慢すればいい

そうすれば
きっと家族も今まで通りでいられる



こうして私は
「自分は本当は何を望んでいるのか」
ということに目を向けることを放棄しました。



結果何も生むことはなく
数年後にまた同じ壁として現れたと思っています。



*あの時の選択が違ったならば、今度は真逆のことを試してみる勇気を出す


あの時の決断は違ったということなのか


私はあの時
本当は何を望んでいた





色んな本を読んだり
著名なカウンセラーさんや女性支援をしているような方のブログを読んだり
心理学や哲学の知識を漁ったり


最初は外に答えを求めた




でも
それはあくまでも他人の見解







引きこもって
考えて考えて考えて

出た答えは

「本当は誰かに頼りたかった」

「一番は母に頼りたかった」

「隠してニコニコすることはしたくなかった」

「気づいてほしかった」

「助けてほしかった」

「たとえ汚い経験をしているとしても、世間的にタブーなことをしていても、変わらずに”愛している”と言われたかった」

ということ。






同時に思い知らされたことは

私は
自分の望みや自分自身を
”誰かに”否定されるかもしれないという
とても不確定な
とても曖昧な
恐怖を自分で作り上げて
ずっとずっと逃げ続けていただけだという事実。






「こんな私は価値がない」
「こんな私は愛されるはずがない」
「こんな私は嫌われるに決まっている」

そう決めつけていたのは
他の誰でもない私自身であったということ


それはつまり
目の前の人や
今まで良くしてくれてた周りの方々の
”心”や”在り方”を
心底信じていなかったということ
”この人は私を嫌うかもしれない”
という疑いの眼差しで見てきたということ




私は

自分の思い通りにならなくて
自分の理想通りに物事が進まなくて
その時に傷つくことが嫌だから
都合が悪いと他人のせいにして
自分自身の弱いところを
大嫌いで否定したくてたまらないところを
見過ごしてきただけなのではないか?







思いっきり見返りを求めているじゃないか



価値がないと自己否定をしながら
そのくせ
誰かに認められたいだけじゃないか




自分の人生や
自分の感情を
主体的に考えていないではないか






今まで逃げてきたことを自覚しました


自分自身を認めること

どんな自分でも大丈夫だと胸を張ること

たとえ誰も隣にいなくても
私自身だけは私を否定しないと腹を括ること





Eさんが仰っていたことがやっと腑に落ちた


「あなたがあなたをゆるして大切にしない限り、どれだけの愛情をプレゼントされていても、何も受け取ることはできないんです」





大嫌い

気持ち悪い

消したい

自分の身に起きてることをまったく理解できていなかった、3歳の自分を。




ずっとそう思って生きてきたけど

「ゆるす」とは
そんな自分も私の大切な一部だと
嫌いな存在をゆるして認めることなのかなと思う。





もう逃げたくないな

もう嘘をつきたくないな

もし子どもができたら
自己否定ばかりなお母さんは嫌だな



変わりたいな







決断した。


それは
20年以上黙ってきた性虐待のことを身近な人へ少しずつ打ち明けていくこと。


これをしない限り、
多分私は変わることができない。


荒療治のようだし、聞かされる他人のことなんてひとつも考えてないけど、そうすることが自分にとっては正解な気がする。




自分が一番他人に知られたくないこと

自分にとって一番惨めに感じていること


それを隠し続ける限り
私は自分の弱さから逃げ続けることになるのだろう。






最初に話す人は決まっている



一番大切で
一番失いたくない人だからこそ

最初はこの人へ話すことにした

25歳の”私”が生まれるまで②

なんだかんだ4回目の投稿です



昨日に引き続き同じテーマ

ですが

いわゆる「視える」方、Eさんとお会いする直前のことをまず書きます。



*自分のことを何もわかっていないことを突きつけられた


Eさんとお会いする直前の私は
前述した仕事・勉強を
それはもうガッツリやっていて
朝から晩まで毎日毎日休みなく、ほぼ寝ずに行動していました。


私はこれを一生の仕事にするんだ!
誰かにこれを伝えて届けるんだ!
と、毎日必死。



でも
動けば動くほどうまく回らなくて



メンターの方に時間取っていただいて面談で話していても

「上っ面の言葉だけなのはもう通じないよ」
「全然本気さが伝わってこない」
「オーラが最悪だよ」
「自分で自分のコントロールもできない人のところには誰も寄り付かないよ」

と言われて愕然。



何が悪いのかまったくわからない。
突破口が見つからない。
文字通りの八方ふさがり。




そんな私を見て
メンターの方は聞いたのでしょう

「リフレッシュしたらいいよ。もりちゃんは、何をしてる時が幸せ?」


しかし
そう聞かれても
何も答えられない自分がいました。



好きなことやリフレッシュできると思うことを言葉にしてみても、全然しっくりとこない。
まったく自分で納得ができていない。





私は、自分の好きなことさえわかっていないじゃないか

自分のことを何もわかっていないじゃないか


と痛感した瞬間です。



*ついに仮面さえ保てなくなった家族


そして
同時並行的に家族関係でも大きな問題がドカン


2月、実家に帰省したのですが
父と母が大喧嘩。

父は誰が見てもわかるような不倫をしておりましてw
それはもう約6年に渡る大恋愛ならぬ大不倫w
でも、本人は認めない_:(´ཀ`」 ∠):




実家から駅まで向かうために父が車で送ってくれたわけだけど
ずーーーっと母や母の親族のことを悪く言う


適当に相槌うってたけど
もう辛辣な言葉が多くて我慢も限界


新幹線で大泣きする私はただの変人←








その中でメンターの方のお知り合いであるEさんを紹介していただいたのでした。



私は当時の仕事をうまく進めるためにはどうしたらいいかを聞いていたと思います。


しかし、そこで転機となる言葉の数々をいただきました。






*まず開口一番の「今の仕事、合ってないです」


……ぱーどぅん???



衝撃w

一生の仕事にしたい!
と意気込んでいた仕事を合ってないと言われてしまったのです。笑


ただただ大混乱。笑
思い出すと懐かしい。笑



そして、次の言葉で私はさらに混乱に陥ります。



「どれだけ身体にいいものを食べても、どれだけ世の中のために学んでも、あなたの心が変わらない限りまったく意味を持ちません」

「このままでは子宮と卵巣、良くなりませんよ」














ぱーどぅん????








頭真っ白


何を言うんだこの人は


私は身体がよくなったはず………


身体のことは自分が一番わかってる………


て、この方視える方………


私は自分の持病のことはひとつも言ってないぞ……









わっつ、はぷん??




すべて見透かされているうえ(そりゃそうだ

自分のためにやってきたと思うことが実はまったく自分のためになっていなかったという混乱の中

次の言葉で何となく

何となく、その理由を察するのでした。



*自己否定はすべてを無に還す


「本当はすごく女性らしい人なのに、すごく朗らかなふわふわした人なのに、とても愛されているのに、どうしてそこまで自分のことを否定するんです?どうしてそこまで愛されちゃいけないと決めつけているんです?」



「もっと自分を大切にしてください」


「あなたは、女性です」


「あなたは、女性として生きていいんです」


「もう自分をゆるしてあげてください」


「あなたがあなたをゆるして大切にしない限り、どれだけの愛情をプレゼントされていても、何も受け取ることはできないんです」






Eさんはそれはもう淡々と
しかし必死な面持ちで伝えてくださいました。


私はただただ、言葉を失っていたと思います。

自分をゆるす?
自分を大切にする?

何も受け取ることができていない?

どういうこと?


その時はあまりの衝撃で思考が追いつかなかった。



でも

何度も何度も
Eさんの言葉を反芻していくうちに
自分の中に決して認めたくないこと、目を背けたいと強く思っていることがあると自覚しました。








私は、性虐待の経験を未だに受け入れられていないのではないだろうか?

性虐待の経験を綺麗な言葉で片付けてしまっているのではないか?

あの時の私は本当はどうしたかった?



そのことに気づいた時、
私はひどく頭を抱えました。


なぜなら高校生の時に

もう二度と思い出さない
もうこれで終わりにしよう
これで解決できた

と、ばかり思っていたからです。




「あの時の決断は、正しくなかったということ?」

「また同じように問題として立ちはだかるのだから、そういうことでは…?」


と考え、いわゆる”鬱”になります。






今日も随分長い文章になりました_:(´ཀ`」 ∠):



また次回……

おそらく

  • 高校生の時の自分が性虐待の経験に対して当時どんな行動を起こしたか
  • それを踏まえて24歳の私はどんな行動を起こすことにしたか

など、書くと思います_(┐「ε:)_



越えていない人生の壁は
然るべきタイミングで必ずまた現れる

でも

越えることが不可能な壁は
そもそも現れないんだと思う

25歳の”私”が生まれるまで①

今日は
私の鬱体験について(o'ω')ノ




今日に至る私の考え方や行動基準には
鬱体験が大きな大きな核になっているものだから…

この話をまとめておかないと
自分でも色々とっ散らかっている気がしてならず…




なーーーんか
気持ち悪いんだよねぇ_:(´ཀ`」 ∠):



ということで
私の鬱体験記を残しておく!
※いつも通り需要の有無は聞かない



まず
自信を持って言えること。

私は鬱になって、本当によかった

ということ。





あ、でも
またなりたい♡とは思わないですw
超しんどかったからw



ただ、
この体験をしないと
私はきっと意味もわかっていないのに
大義名分のように


「自己犠牲はいいこと」
「我慢強いことはいいこと」
「誰かのためと言って生きることはいいこと」
「生きてるだけで幸せ」
「命あるだけすばらしい」


などなど言っていたんじゃなかろうかと思います。




24歳の2月に鬱になって引きこもりになるまで


鬱の話をするためには
私の生い立ちを少々さかのぼることになります。


一見すると、
人見知りせず、運動もできておてんばな、人懐っこい女の子だったと思う。






でも私は子どもの頃、
実父に性虐待を受けておりました。



そして
「お前は母さんに嫌われてるんだよ」
「母さんは弟だけが可愛いんだよ」
「そういうお前はかわいそうな子だから、俺がその分可愛がってやる」
と物心ついた頃には言われて育ってました。


一番幼い時の記憶は3歳の時だから、もしかしたらもっと前からそうだったかもしれない。



大きくなってからは
主に母や弟、大好きなじいちゃんばあちゃんはじめとする親族の悪口を聞かされていて、メールでもそれは送られてきてました。



仮面夫婦

仮面家族

うーん、もはや仮面一族??笑



機嫌が悪い時には言葉の暴力。
そしてわざと物音を大きくたてて、近づくなと言うばかりに負のオーラを漂わせて。



私も、母も、弟も、
「恐怖」で支配されていたなぁと今ならわかります。




それが当たり前でした。

性虐待のことは誰にも言えなかった。
家族が崩壊すると思っていた。

お前は愛されていない子だから仕方なく可愛がってやってると言われる度に、父のことも母のことも、いったい何を信じていいかわからなかった。



親ってそういうものなのかな?
家族ってこういうものなのかな?


私は望まれて生まれたのだろうか?




10歳足らずで
そーーんなことを考えている子どもでしたよ〜
かなり可愛くないというか、世の中ナナメに見てる子だわ_:(´ཀ`」 ∠):イヤーン




自分の身に起きたことが理解できるようになってからは、自分自身の存在が、女性としての自分の存在が、もう本っっっ当に気持ち悪くて、自己否定の塊になってました。




結果、16歳にして子宮の病の診断を受けて、薬漬けの日々を送ることに。


「女に生まれなければ、こんな病気もなかった」
「女に生まれなければ、あんな体験しなくてよかった」

と、女としての自分を自分でとことんいじめるんだもーん。
そりゃ子宮もボロボロになりますわ。



だって、思考は現実化するのだから。





でも、
当時の私はそーんなこと思いつくこともない。



「どうして私ばかりこんな思いするの」
と、もうしょーーーもないくらいのネガティヴ・悲劇のヒロイン状態でございました_:(´ཀ`」 ∠):ぐふっ




しかし
22歳の時に出逢ったハーブ療法やマクロビ的な思考で感覚的には身体がうんと良くなったのです。


薬漬けから抜け出せたし、何よりも毎日体調不良な感じだったのが実際に大分良くなったんだよね。





それから1年間はハーブやマクロビ、栄養や食による健康のことを必死に勉強してました。
私は当時、これを一生の仕事にしたかった。




でも
ある時不思議なご縁で出逢った方がいわゆる「視える」方で。


もうそれはそれは衝撃的な言葉をいただいたのです。





これが
24歳の2月のこと。


私の人生において大きな大きな転機。






続きはまた次回(o'ω')ノ

鎌倉から帰る前に寄ってみそって言いたくなるスタバ

こんばんはー

毎日これを更新する人はすごいなぁ

いともりです。





色々書きたいことはあり
記事はせっせと溜め込んでいるのですが
どれもまとまりがなくて投稿するには至らず。笑




今日は
このブログ名にもなっている
”愛しいほにゃらら”について書こうと思います。






「もちろんですよ」と笑顔で言えるってすごいなぁ


と思う出来事が昨日ありまして。




鎌倉駅周辺には2つのスターバックスがあることをご存知ですか??


はい
今や超スタンダードなカフェとなったスタバ。

鎌倉駅周辺には、西口と東口に1店舗ずつあります。



1つは
「日本一素敵なスタバ」
と言われることもある
スターバックス御成町店



外観がとても素敵で、店内も広々しています

いつもお客様で賑わっているイメージ


ググるとすぐ写真たくさん出てくるので、
ぜひとも見てください。





でも

私の好きなスタバはもう1つのほう。


スターバックス鎌倉店」



↑こっちのお店↑



大分ヘビーに利用させていただいてるこちらですが、昨日はスタッフさんにほっこりさせていただきました…





昨日、閉店まであと5分を切ってるところに滑り込みしたんです_| ̄|○




どうしても飲みたくて飲みたくて………



学生時代ずっと飲食店で働いていたから
オペレーション的に閉店5分前がどんな時かわかるし


何より自分も接客業やっているので


お金は払うにしても

洗い物増やすし
数分であれ閉店作業の手を止めさせてしまうし
下手したらレジ締めとかもあるだろし

何よりこの時間ってすーごい疲れてる


と頭には浮かんでおり。





……でも飲みたい_:(´ཀ`」 ∠):






もう駆け込みで


「まだ大丈夫ですか…?」

と聞いてみたら




サクッと
笑顔で

「もちろんですよ」

と言ってくださったのね。




私、これすごいなーと思うんですー





*一瞬の空気で相手に”ほっこり”をプレゼントする接客


スターバックスはオペレーションや接客の教育が素晴らしいことで有名だと思います。

が、そうは言っても人間だし。




スターバックスに限らず


閉店間際や混んでるところに行くと

「あ、迷惑になったな」

と、感じる空気感醸し出しているお店や人もいるじゃないですか。




私はこれが悪いことと思わないし
そりゃそうよねーと思います。


私も毎回ではないにしろ、同じ立場ならイラっとしますから←わかっちゃう空気感醸し出す系の人間かい





仕事してても

「ええええーー空気読んで!!!」
なーんて思ってること多々あります。←
※他のお客様接客しているのに待ちきれず横入りとかね、ほんとびっくりするから
※んでお客様同士で喧嘩になったりね、ほんとどうにもできないから
※閉店5分前にお店きて悠々と30分以上いたりとかね、これもほんとびっくりするから




同じ接客をする者として


間髪入れずに
サクッと
笑顔で


「もちろんです」


と言えるって
単純にすごいなーと感動したわけです。





喜怒哀楽あるからこそ人間
目の前の事象に感情を振り回されることも多々あることでしょう


その中で
相手に一切不快な思いをさせずに
むしろ
ほっこりさせるなんて
ほんとすごいと思う



やっぱり人って
笑顔に癒されたり
力をいただくものなんだなぁと感じた瞬間でした。




そんなこんなで鎌倉に引越してきて半年。
もっぱら利用するのはこっちのスタバ。


ここのスターバックスではそういうところがしっかりと根づいている気がしていて、私はすごく好きです。

*鎌倉から帰る前にサクッと寄ってみて


スターバックス鎌倉店は
感じ良い接客をしてくださるスタッフさんが本当に多いお店だなぁと思います。



夜なんか行くとゆったりしてて過ごしやすい。
受験期は中学生たむろしてるけどね。笑





日常で使う鎌倉のお店のひとつとして
私の好きなほにゃららのひとつとして

スターバックス鎌倉店についてサクッと書いてみました。





鎌倉に来てまでスタバ??
と思うかもしれないし

どうせなら珍しい方に行きたくなると思うけど

ここのスターバックスは人を癒す観点でレベルが高いと思うのです。


スターバックスの理念の
”3rd place”
を見事に実現しているお店だなぁ…


と、個人的に思うのでした。




機会あれば行ってみそ〜(o'ω')ノ