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itoいとしほにゃららと。

鎌倉に住むヒトの皮を被った猫のような人の記録。

25歳の”私”が生まれるまで①

今日は
私の鬱体験について(o'ω')ノ




今日に至る私の考え方や行動基準には
鬱体験が大きな大きな核になっているものだから…

この話をまとめておかないと
自分でも色々とっ散らかっている気がしてならず…




なーーーんか
気持ち悪いんだよねぇ_:(´ཀ`」 ∠):



ということで
私の鬱体験記を残しておく!
※いつも通り需要の有無は聞かない



まず
自信を持って言えること。

私は鬱になって、本当によかった

ということ。





あ、でも
またなりたい♡とは思わないですw
超しんどかったからw



ただ、
この体験をしないと
私はきっと意味もわかっていないのに
大義名分のように


「自己犠牲はいいこと」
「我慢強いことはいいこと」
「誰かのためと言って生きることはいいこと」
「生きてるだけで幸せ」
「命あるだけすばらしい」


などなど言っていたんじゃなかろうかと思います。




24歳の2月に鬱になって引きこもりになるまで


鬱の話をするためには
私の生い立ちを少々さかのぼることになります。


一見すると、
人見知りせず、運動もできておてんばな、人懐っこい女の子だったと思う。






でも私は子どもの頃、
実父に性虐待を受けておりました。



そして
「お前は母さんに嫌われてるんだよ」
「母さんは弟だけが可愛いんだよ」
「そういうお前はかわいそうな子だから、俺がその分可愛がってやる」
と物心ついた頃には言われて育ってました。


一番幼い時の記憶は3歳の時だから、もしかしたらもっと前からそうだったかもしれない。



大きくなってからは
主に母や弟、大好きなじいちゃんばあちゃんはじめとする親族の悪口を聞かされていて、メールでもそれは送られてきてました。



仮面夫婦

仮面家族

うーん、もはや仮面一族??笑



機嫌が悪い時には言葉の暴力。
そしてわざと物音を大きくたてて、近づくなと言うばかりに負のオーラを漂わせて。



私も、母も、弟も、
「恐怖」で支配されていたなぁと今ならわかります。




それが当たり前でした。

性虐待のことは誰にも言えなかった。
家族が崩壊すると思っていた。

お前は愛されていない子だから仕方なく可愛がってやってると言われる度に、父のことも母のことも、いったい何を信じていいかわからなかった。



親ってそういうものなのかな?
家族ってこういうものなのかな?


私は望まれて生まれたのだろうか?




10歳足らずで
そーーんなことを考えている子どもでしたよ〜
かなり可愛くないというか、世の中ナナメに見てる子だわ_:(´ཀ`」 ∠):イヤーン




自分の身に起きたことが理解できるようになってからは、自分自身の存在が、女性としての自分の存在が、もう本っっっ当に気持ち悪くて、自己否定の塊になってました。




結果、16歳にして子宮の病の診断を受けて、薬漬けの日々を送ることに。


「女に生まれなければ、こんな病気もなかった」
「女に生まれなければ、あんな体験しなくてよかった」

と、女としての自分を自分でとことんいじめるんだもーん。
そりゃ子宮もボロボロになりますわ。



だって、思考は現実化するのだから。





でも、
当時の私はそーんなこと思いつくこともない。



「どうして私ばかりこんな思いするの」
と、もうしょーーーもないくらいのネガティヴ・悲劇のヒロイン状態でございました_:(´ཀ`」 ∠):ぐふっ




しかし
22歳の時に出逢ったハーブ療法やマクロビ的な思考で感覚的には身体がうんと良くなったのです。


薬漬けから抜け出せたし、何よりも毎日体調不良な感じだったのが実際に大分良くなったんだよね。





それから1年間はハーブやマクロビ、栄養や食による健康のことを必死に勉強してました。
私は当時、これを一生の仕事にしたかった。




でも
ある時不思議なご縁で出逢った方がいわゆる「視える」方で。


もうそれはそれは衝撃的な言葉をいただいたのです。





これが
24歳の2月のこと。


私の人生において大きな大きな転機。






続きはまた次回(o'ω')ノ