読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

itoいとしほにゃららと。

鎌倉に住むヒトの皮を被った猫のような人の記録。

25歳の”私”が生まれるまで②

なんだかんだ4回目の投稿です



昨日に引き続き同じテーマ

ですが

いわゆる「視える」方、Eさんとお会いする直前のことをまず書きます。



*自分のことを何もわかっていないことを突きつけられた


Eさんとお会いする直前の私は
前述した仕事・勉強を
それはもうガッツリやっていて
朝から晩まで毎日毎日休みなく、ほぼ寝ずに行動していました。


私はこれを一生の仕事にするんだ!
誰かにこれを伝えて届けるんだ!
と、毎日必死。



でも
動けば動くほどうまく回らなくて



メンターの方に時間取っていただいて面談で話していても

「上っ面の言葉だけなのはもう通じないよ」
「全然本気さが伝わってこない」
「オーラが最悪だよ」
「自分で自分のコントロールもできない人のところには誰も寄り付かないよ」

と言われて愕然。



何が悪いのかまったくわからない。
突破口が見つからない。
文字通りの八方ふさがり。




そんな私を見て
メンターの方は聞いたのでしょう

「リフレッシュしたらいいよ。もりちゃんは、何をしてる時が幸せ?」


しかし
そう聞かれても
何も答えられない自分がいました。



好きなことやリフレッシュできると思うことを言葉にしてみても、全然しっくりとこない。
まったく自分で納得ができていない。





私は、自分の好きなことさえわかっていないじゃないか

自分のことを何もわかっていないじゃないか


と痛感した瞬間です。



*ついに仮面さえ保てなくなった家族


そして
同時並行的に家族関係でも大きな問題がドカン


2月、実家に帰省したのですが
父と母が大喧嘩。

父は誰が見てもわかるような不倫をしておりましてw
それはもう約6年に渡る大恋愛ならぬ大不倫w
でも、本人は認めない_:(´ཀ`」 ∠):




実家から駅まで向かうために父が車で送ってくれたわけだけど
ずーーーっと母や母の親族のことを悪く言う


適当に相槌うってたけど
もう辛辣な言葉が多くて我慢も限界


新幹線で大泣きする私はただの変人←








その中でメンターの方のお知り合いであるEさんを紹介していただいたのでした。



私は当時の仕事をうまく進めるためにはどうしたらいいかを聞いていたと思います。


しかし、そこで転機となる言葉の数々をいただきました。






*まず開口一番の「今の仕事、合ってないです」


……ぱーどぅん???



衝撃w

一生の仕事にしたい!
と意気込んでいた仕事を合ってないと言われてしまったのです。笑


ただただ大混乱。笑
思い出すと懐かしい。笑



そして、次の言葉で私はさらに混乱に陥ります。



「どれだけ身体にいいものを食べても、どれだけ世の中のために学んでも、あなたの心が変わらない限りまったく意味を持ちません」

「このままでは子宮と卵巣、良くなりませんよ」














ぱーどぅん????








頭真っ白


何を言うんだこの人は


私は身体がよくなったはず………


身体のことは自分が一番わかってる………


て、この方視える方………


私は自分の持病のことはひとつも言ってないぞ……









わっつ、はぷん??




すべて見透かされているうえ(そりゃそうだ

自分のためにやってきたと思うことが実はまったく自分のためになっていなかったという混乱の中

次の言葉で何となく

何となく、その理由を察するのでした。



*自己否定はすべてを無に還す


「本当はすごく女性らしい人なのに、すごく朗らかなふわふわした人なのに、とても愛されているのに、どうしてそこまで自分のことを否定するんです?どうしてそこまで愛されちゃいけないと決めつけているんです?」



「もっと自分を大切にしてください」


「あなたは、女性です」


「あなたは、女性として生きていいんです」


「もう自分をゆるしてあげてください」


「あなたがあなたをゆるして大切にしない限り、どれだけの愛情をプレゼントされていても、何も受け取ることはできないんです」






Eさんはそれはもう淡々と
しかし必死な面持ちで伝えてくださいました。


私はただただ、言葉を失っていたと思います。

自分をゆるす?
自分を大切にする?

何も受け取ることができていない?

どういうこと?


その時はあまりの衝撃で思考が追いつかなかった。



でも

何度も何度も
Eさんの言葉を反芻していくうちに
自分の中に決して認めたくないこと、目を背けたいと強く思っていることがあると自覚しました。








私は、性虐待の経験を未だに受け入れられていないのではないだろうか?

性虐待の経験を綺麗な言葉で片付けてしまっているのではないか?

あの時の私は本当はどうしたかった?



そのことに気づいた時、
私はひどく頭を抱えました。


なぜなら高校生の時に

もう二度と思い出さない
もうこれで終わりにしよう
これで解決できた

と、ばかり思っていたからです。




「あの時の決断は、正しくなかったということ?」

「また同じように問題として立ちはだかるのだから、そういうことでは…?」


と考え、いわゆる”鬱”になります。






今日も随分長い文章になりました_:(´ཀ`」 ∠):



また次回……

おそらく

  • 高校生の時の自分が性虐待の経験に対して当時どんな行動を起こしたか
  • それを踏まえて24歳の私はどんな行動を起こすことにしたか

など、書くと思います_(┐「ε:)_



越えていない人生の壁は
然るべきタイミングで必ずまた現れる

でも

越えることが不可能な壁は
そもそも現れないんだと思う