itoいとしほにゃららと。

鎌倉に住むヒトの皮を被った猫のような人の記録。

25歳の”私”が生まれるまで⑥

このシリーズほんと長い(自分で言うか


当初は
3回くらいでおさまるかな!
なんて思ってたんだけど
だんだん書きたいことも増えて
気がついたらすでに倍の投稿数←目測甘い



Facebookでコメントつけてくださる方
わざわざ連絡くれて
「読んでる!」と伝えてくださる方


どうもありがとうございます





今日は
母に話した件について触れようと思っていたけど…


その前に
私的には今思い出すと笑える
「好き」
「ワクワク」
「楽しい」

の感覚を取り戻すまでのことを書こうかと






*「何かをしなければ、残さなければ、愛されない」という世の中に対する大きな勘違い

さて

”自分自身”に

「てめえ、此の期に及んでまだ逃げるのか!ビクビクしてんじゃねぇよ!( ´_ゝ`)」

と、それは強烈な右ストレートをくらい←

くらっただけでなく
もはやダウン奪われKOしたわけなんだが←




その時に(ようは寝たきり時)
ほやほやっとした”夢”が生まれました




この時生まれた夢が”宿”

まだふわふわしていたけど
キーワードとしては出てきていた


今日書きたいのは
早死にしたかった人間が
鬱の私が
”夢”を持つまでになったということ
”やりたいこと”を見つけたということ

そうなるまで
何をしてきたかというところ






不明確であれ
”夢”を持つなんて
それまでの私にはなかった感覚だった




なぜかというと

「私は何をやりたい」
ではなく

「何をやるべきか」
「何を与えなきゃいけないか」
「何なら喜ばれるか、価値提供できるか」

を考えて行動していたから



今思うと
超ドン引き_:(´ཀ`」 ∠):ぐふっ




ただこの時の自分を擁護するならば

「何をやりたい」
なんて
私は望んだらいけない人間なのだと
本気で思っていたし


そんでもって
何かをしなければ愛されない
何かできなければ居てはいけない
と本気で思っていた

※実際何かやりたいことがあって話せば、父は「俺は同じ歳の時そんなこと許されたことはない」と100%否定&ブチ切れだったので、怖い・面倒くさいという気持ちが先行して、話すこともなくなったし、考えることも放棄するようになったと思う
※結果、怒られないことは何か、仕打ちを受けないことは何か、なるべく喜ばれることは何か、面倒くさい結果にならないことは何かをを考える癖がついたと思う




そんなことは大きな勘違いであり
”何かしなければ”と考えているということは
見返りを求めているなぁと今は思う


それよりも先に
人は自分が満たされていなければ
誰かに何かを与えるなんて
本当の意味ではできないのだと
今なら思う



*子どもに戻ったつもりで、色んなことに手を出してみた


そんな私だから
「好き」「ワクワク」「楽しい」
という感覚は長年失っているに等しくて


人に
「何が好きなの?」
と聞かれても
まっっったく答えられなかった


義務感から物事選ぶんだもん
そりゃ楽しくないわ←




寝たきりになって
”宿”というキーワードは出たけど
それを明確にしたくて
本当なのか確かめたい気持ちもあって
社会復帰のリハビリを兼ねて



本気でね
本気で…

読書がんばったり
ぬり絵やってみたり
アロマオイルとか
ハンドクラフトのワークショップとか
ヨガとか
資格とか
色々行ったりやったり調べたりしたわけですよwww
※今思うと、ほんと笑える



本当に色々やって
やっと
「やっぱりこれが好き」
というものを感じられるようになり


”宿やりたい”
と明確に考えるようになったわけです





その色々の中でひとつ
飲食店巡りがありました





*無意識にストレスフリーに行っていたことに隠れていた「ワクワク」のヒント


もともと一人で食事したり
お店発掘は大好きだったし

単純に食べることがとにかく好きだから
飲食店巡り
と、その時までは思っていた

あとは人がたくさんいる中に行って
人慣れしたいことも目的だった




その時も
あるカフェで一人で食事してたんだよな




で、いつも何してるって
その時まで気づかなかったのだけど…

私はただ食べてるわけではなかった



まず店員さんを目で追って所作を見る

わーこの人歩き方きれいだわー
指先まで気遣う人だわー
あ、この人はすごい視野広いなー


服装を見る

ユニフォームかなー?
私服なのかなー?
かわいいなーかっこいいなー


グラスを見る

ここは洗い物しっかりしてるんだなー
グラス私にはちと大きすぎるかなー


待ってる間に空間を見る

テーブルいいなー
ソファの質感好きだな…
ここにほこり溜まらないてことはすーごい掃除してるんだなー
天井の感じ好きだなー
窓の大きさいいなー
あそこにグリーン置くのは何か意図があるのかなー


料理が来る

この店員さん置き方丁寧だわー
去り方も丁寧だわー
お皿かわええ!
どこの皿だ!
盛り付けいいなー
自分でもやりたいなー
写真写真……


いやいい店ー!
メモメモ…………_φ(・_・






はう?!( ゚д゚)





ここまで頭ぐるぐるさせて疲れないとか

これが好きなことなんじゃないか?!

わざわざメモまでするなんて
今まで気づかなかったけど
結構好きなんじゃないか?!





*気づくことができた私の好きなあれこれ


で、その時
泣くくらい嬉しかった

あーよかった
私好きなものあったんだ

なーんて思った



色の組み合わせや形を見たり、自分で組み合わせることが心底好きだと気づいた


食べることが一番好きだけど
どうやら作ることも好きらしい

スパイスとか勉強してみたいなとも思ったり

あとは食に関する”器”も好きで
器と食材の色を見たりすることがとても好き

ゆえに
懐石料理とかすごく惹かれるし
ワンプレートでも食材の色遣いや配置が気になる


  • 空間を作る

部屋を作ること
家の中を色々コーディネートすること

インテリアはもちろんだけど
家具や照明を使って
限られたその空間をどう彩るか
見た目だけでなく
機能的にどう住みやすくするか
諸々含めてどうしたら満たされた空間になるか

これを考えることが好きだと気づいた





「衣食住」


そのものだなと私は思う。




どれかひとつではなく
生活を営むうえで関わり深い
これらをコーディネートすることが
とても好きなのだと気づいた


だから
飲食店でずっと働き続けたし

食だけに目を向けるのではなく
空間デザインやユニフォームにも
納得できるかどうか
いつもそこを重視していたのだとわかった



これら好きなことに気づいたからこそ
”宿”という発想がほやほや生まれてきたことにも
深く納得できたし
”自分のための衣食住を感じられるような宿”
というイメージにもつながる



*「好き」「楽しい」「ワクワク」を仕事にした今


こうして
自分の好きなもの、満たされるものに
やっと気づくことができて

その日はとにかくワクワクした




これらに携われることができたら
私は毎日どれだけ幸せだろう


好きなこと、ものに
毎日触れられる環境を自分で作れたら
どう変化していくのだろう




これが
今の仕事につながる




ご存知の方もいらっしゃると思いますが
だから私は今の仕事を選びました






結果

毎日が幸せで
毎日が実験で
毎日が楽しくて

ワクワクして働いています





学生時代
仕事に関する視野がとても狭かったと思うし
義務感で仕事をしていた鬱直前の私に
言ってあげたいと思う




自分のワクワクや好きに従って仕事して
全然いいんだよ






このおかげもあってか
精神的にも少しずつ健やかになり
社会復帰していくのでした






ここまで身を以て
多くのことを学んで
気づかせてもらって

かなり精神的にも安定してきたところで

人生最大の課題であろう
「実の母へ打ち明けること」へ向かう



やっとこさ山場

次回こそ
母に打ち明けたことについて書きたい