itoいとしほにゃららと。

鎌倉に住むヒトの皮を被った猫のような人の記録。

25歳の”私”が生誕して思うこと

とっっっても長くなった前記事

読んでいただいた方
ありがとうございましたm(._.)m


今回も
とっっっても長いです(毎度ごめんなさい


このシリーズの締め括りに

  • 出来事後の母や弟とのこと
  • この体験から学んだこと

を書いていきたいと思う_φ(・_・




*母と弟からの「ごめんね」と、私生誕との引換のように起こったこと

母から夜中にメールが

高速バスで眠ることもできず
打ってくれたんだろうなと思う


そこには謝罪の言葉がとにかく並んでいて

今までのことに
どんな思いがあったかを知る



------------

もうお家に着いたかな?
今日はありがとう


気づいてあげられなかった

私一人で家族をずっと守ってきたつもりだった

でも
それよりもずっとずっと前に
たった3歳のあなたに家族を守らせてきていた


どれだけ辛かったろうか
どれだけ苦しかったろうか


きっと私は同じことには耐えられない
私なら命を絶っていたように思う


でも
あなたは捻くれることもせず
真っ直ぐに生きてきてくれたね


そんなことも知らないで
今日まで
娘のあなたを疑うことがあったことを
母親としてあなたを守れなかったことを
謝りたい


あなたと父親の関係は
何があるかはまったく想像できなかったけど
親子の距離感じゃないと思うことがあった
嫌悪感を抱いたこともある

それをあなたの弟に話し
弟はあなたを気持ち悪いと言い
ここ数年避けるようになったことは知っているでしょう


仕方ないと思っていた
あなたが悪いと思っていた
母の私もあなたを普通じゃないと見ていた


ごめんね
本当にごめんね


でも
あなたは家族が喧嘩すると
いつも双方の話をしっかりと聞いてくれて
間を取り持つ役割をしてくれた


弟が学校を辞めたがって勘当騒ぎになった時は
東京からその日のうちに仙台に戻ってきて
弟を必死に守っていたね



小さな頃からそうだった



ねえ
あなたは
どれだけのことを耐えて生きてきたの?



これからは母さんがあなたを守るから
もうあなたに辛い思いは絶対にさせない



今まで私たち家族を守ってきてくれてありがとう


これからは
自分の人生を生きてね


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後日
弟からも泣きながら謝られる電話があった


どれだけ
お姉に守ってもらってきたかもわからないで
連絡も取れないようにして本当に申し訳ない


俺は父に
母やお姉、親族の愚痴を聞かされたことは
まったくなかった

お姉がずっとそれを俺と母に言わず
一人で受け止めてきたのかと思うと
何もしなかった自分が情けない

何も知らなかった

でも知らないじゃ済まされない

本当にごめん






母と弟は
それとなく感じ取っていたのでしょう


でも
何があったかまではわからない

私も絶対に言うまいと思っていたし
二人もあえて知ろうとはしなかっただろう



けど
二人にとっては
あまりに想像を絶するショックなことだった



二人を傷つけるかもしれない
でも拒絶されるかもしれない

どっちも嫌だ

そっか
それなら私が我慢すればいいんだ


……これは今までの私


25歳の私は
傷つけることや嫌われることが嫌だとかじゃなく

すべて問題なくうまくいくとしてどうしたい?

をベースに考えるようになった




実はこの出来事の後
程なくして
母と弟はほぼ同時に鬱病になってしまう



二人ともひどく自分を責めていた

母は毎晩のように
電話をかけてきては死にたいと言ってたし

弟も電話やLINEをよくしてきて
家に遊びにきてはただただ寝ていたっけ


そんな二人の姿を見ても
私はもう自分を責めることはなかった

助けようとも思わなかった






もしかしたら
この言葉はとても冷たく感じられるかもしれない


でも
断言できる理由が私にはある


それは
自分のことが大嫌いで仕方なくて
人生どん底に落ちて
逃げまくって逃げまくって
でも逃げられなくなって
ようやく観念して
色々やって
「鬱になって本当によかった」
「おかげさまで幸せだと思えるようになった」
「自分のことを好きだと言えるようになった」

私が得た学び



*人は他人に愛してもらうことで幸せになるのではなく、自分自身をまるっと受け入れた時にすでに幸せであったことに気づく

声を大にして本当のことを言って
「こう生きる」と言った直後
大切な人が鬱になった


それでも
私が落ち込むことなく
自分を責めることもなくなった理由のひとつは



人は
他人を救うことはできないし
他人を変えることもできない

もっと言うと
他人に自分を変えてもらうことや
他人に自分を幸せにしてもらうことは
本質的、根本的には違うと考えるようになったから




人は

他人に認めてもらうことや
他人に許してもらうことや
他人に愛してもらうことで
幸せになるのではない




人は

自分で自分をまるっと認められた時
自分で自分を許すことができた時
自分で自分を守ると決めた時
自分が一番に自分を愛すると覚悟した時


その時に
すでに幸せだったことに気づく




自分を救うことはできる
自分を変えることはできる
自分を幸せにすることはできる



すると
世界はいくらでも
しかも
思い通りに変わっていくことを私は知った



自分が変わると
当然の如く
取り巻くものも同じように変化する




そう思うようになったから
そうだと確信しているから
たとえ目の前で家族が鬱になろうとも
まったく自分を責めることはなくなった
何かしようとも思わなくなった


母と弟が鬱になったキッカケは
私の過去の告白であれ
二人の物事の受け取り方によるものである

自分が悪いと責めている結果である




今までの私と
まったく同じことをしていると思った


自分を傷つけて自分を蔑んでいる





そこへ
私は介入できないし
介入したところで
二人自身が心から納得しなければ
まったく意味がないわけで
まったく変化は起こらないわけで


だから
二人自身の力で乗り越えるしかない




「娘が、姉が、虐待を受けていることに気づかなかった」
という事実が
どれだけ自分にとって
かっこ悪く
情けなく
許しがたいことであっても


過去を変えることはできない


過去・事実を認められないあまり
自分を傷つけて責めて生きるほうが
人は楽なのである



でも
それでは幸せにはなれないんだな





私の場合は

「実の父に意味もわからず性虐待を受けた」
という事実が
本当に恥ずかしくて
嫌で嫌でたまらなくて
かっこ悪くて
情けなくて仕方なかった

本当は助けてほしいのに
本当は弱くて仕方ないのに
他人に拒絶されることが怖すぎて怖すぎて
強い自分を装い続けた

私はひどい臆病者だった



そのことを認めることができなかった



でも
「そんな臆病で、かっこ悪い、許しがたい存在も私の一部だ」
と腹落ちさせることができた時に
日々はがらりと変わっていった




その時に
幸せになったというか
すごく幸せであったことや
愛してもらっていたことに気づくことができた




どんだけかっこ悪くて情けなくても
愛される人は愛される
でも
嫌われる時には嫌われるんだなぁ



愛されない
嫌われるに決まってる
と決めつけているのは
意外と自分だけだったりするんだなぁ



そんなことを学んだように思う






*いつだって世界は自分の思い描いた通りになっているという嘘のような本当のハナシ

鬱の時に読んだあらゆる本に書かれていた話



引き寄せの法則とかもそうだと思うのだけど

物事は思い描いた通りになる


読んだ最初は疑ったし
納得なんてできなかったけど
まったくそうだと私も思うようになった





人は生きていれば
いつも何かしらイメージを持ってると思う


私、あの人に嫌われてる
これ、うまくいくのかな
あー失敗したらいやだ

人は知らず知らずのうちに
そのイメージを実現させるための
選択をし続けている



私の場合は
「嫌われている」
「怖い」
「愛されていない」
という超ネガティヴなイメージ



その答え合わせをするように
物事を選び続ける



これは無意識的なことばかりだから
自分でも本当に気づかない



結果
知らぬうちにいつも同じような結果になって

「どうしていつもこうなの?」

と蔑むようになったりしてね




でも

世界は自分の思い描いた通りになるならば

それが
事実だとするならば


どれだけ世界は優しいだろうか



と、考えるようになった





*人は地球に生まれる前から自分の人生という脚本を作って、それを楽しむために生まれてくる

こんな話も
読んでいた本には
決まって書いていたように思う
※先人の知恵とはすごいものだね





胎内記憶の話がある


これは賛否両論ある話だけど
私は信じるというか
そう物事考えると楽しいから受け入れている



私たちは
地球という遊園地へ生まれてくる前に
人生という脚本を作ってから生まれてくる



「私、地球でこういう体験して、それをこんな風に乗り越えて、その先にこういうことを学ぶ!」
と、ぜーんぶ自分で選んでから生まれてくる




でも
すべて覚えていたら
攻略簡単な人生ゲームになるから


記憶をすべて忘れて生まれてくる




もう生まれる前から選んできてるなら
仕方ないじゃんとも思う…笑






そう
人生の他責をしなくなる




”私”の人生は”私”が主役

どんなことも自分で選んで生まれてきた



親も
国も
育つ境遇も
辛い出来事も

ぜーんぶ選んで生まれてきた




誰のせいでもない

”私”が選んだ人生




性虐待をそのように受け入れるには
かなり時間がかかったし
鬱にもなった



けど
結果そう考えられるようになったら


人生は楽しいものなんだ
人生は思い描く通りになっていくんだ


と生きやすくなった





*生きることは楽しいことであり、とても幸せなことである

終わりに



私がこの体験を得て今思うことは

鬱になって本当によかったね、私

ということと

本当に幸せだね
人生って楽しいね
生きるって楽しいね

ということと

もう
早死にしたいだなんて言えないね

ということ




本当に楽しい


あ、大分前に書いた
オオサンショウウオ様に投下された試練もあるし、それはそれで死にたくなるくらい衝撃だったけど笑


でも
やっぱり人生のスーパーマンは現れる

そして
これもまた私が選んだことなのだろうと思うと
落ちるだけ落ちたら、それで終わり





私は感情がある人間、ヒトだから
ショックなことがあれば落ち込むし
泣くこともあるし
イライラしてオオサンショウウオ様を罵倒することも、か・な・りある←おい



でも
某アニメキャラも仰ってるけど
これでいいのだ



完璧である必要なんてないのだから



私は
完璧でなくても
完璧でないからこそ
世界に助けてもらって生きているし
たくさんの人に愛してもらっている


そもそも
自分に不足があると思っていても
相手は思っていなかったりするし


そもそも
足りてないところ含め
私たちはいつだって満点なのだ



感謝しかないじゃないか


生まれてきてよかった
幸せ



今は声を大にしてその言葉を言える




長々とここまで読んでくださった方
シリーズすべてお付き合いいただいた方
ありがとうございました


今の私は
このようにして生まれてきました


色々感じられることはあると思うけど
どうぞこれからもよろしくお願いします