itoいとしほにゃららと。

鎌倉に住むヒトの皮を被った猫のような人の記録。

「どう生きたいのだ?」その問いかけに答える時はきた

おそらく人は毎日この問いかけをされている



たとえば
「いったい何を食べたいのだ?」

たとえば
「誰といたいのだ?」

たとえば
「早く帰りたくないのか?」

たとえば
「どんな服を着たいのだ?」





つまりそれは

「どう生きたいのだ?」ということ





生きるという言葉を使うとあんまりにも大袈裟で、堅苦しく聞こえる気がしてくるけれども

詰まるところ
日々、一日、一瞬、刹那に至るまで
この問いかけに答えて人は生きている


私は、そう思う





そしてこの問いかけは
人生の岐路となるところでは
まーーーーいい役者を揃えてくれて
まーーーーいい演出をしてくれて
まーーーーいい物語を作ってくれて


答えるまでそこをどいてくれないものだ



しかも曖昧に答えると
時間を置いてまた同じ問いかけをしてくる



「まだ決められないのか?」




だいたいこういう時は
答えを決められないのではない


どうしたいかの答えは自分の中ですでに決まっていることがほとんどだ


だけど
踏み切る「意志」
踏み切る「勇気」
これを決断できない時なのだ





「さあ、改めて聞こう」

「どう生きたいのだ?」



8月、そして9月
私はいったい何度この問いかけをされたろうか




*見失いかけた自分の想い

「休職をする」
「身体と仕事、諸々含めて先のことを考える時間にする」



そう周りに話し始めた途端にだ

どういうわけか
ものすごいスピードと質、そして量の情報が私のところに集まった



自分一人では到底集められないものであり
有り得ないご縁や仕事だったり

とにかく私にはたくさんの選択肢ができた



が、同時に見失いかけたものがある


「私は、どうしたいんだ?」
ということだ




最初は状況に浮かれたものの
だんだんと感じるものがあった

「迷いが生じている」
「自分で自分をわからなくなっている」





立ち返るべき時だと思った



思い出したかった

初心に戻ってみたかった

今ある想いに自信を持てなくなってきていた




わかっている風が一番よくない




「どうして私はこの土地へ来たかった?」

「どうして私は最初宿をやりたかった?」

「どうしてそこから食堂へとカタチを変えた?」





こういう時にいつも使うノートがある

宿をやりたいと思った時に用意した
私のとっておきのノート




とりあえず何か書こう

そう思って最初のページを開いた






ほっとした

大丈夫と思った






そこには変わってない想いが

私にも
ちゃんと想いがあることが記されていた




*変わっていなかった私の描く「やりたいこと」


私のやりたいことは


「大切な人たちの休憩所」
「鎌倉に愛され、鎌倉と繋がれる場」



そう書かれていた



鬱をキッカケに
私にとっての癒しは鎌倉であることに気づいた

だから鎌倉を選んで移住してきた



大好きな土地で
ごはんやお酒を囲んで
大切な人たちと一緒に笑いたい

それをすることで
大切な人と鎌倉を繋いでいきたい

そうして
鎌倉を好きになってもらえたら幸せ




柄にもなく大義名分的なことを言えば
もっと拡大して話をしてみるならば

そうして鎌倉をいろんな人に知ってほしい
鎌倉といろんな人をつなぎたいのかもしれない









「そんな場所があったらワクワクするから」






遠くから来てくれる大切な人が休めるように
宿があったらいいと思っていた


ほっこりするには
ごはんって大切だと思うから
あたたかさを感じる食事を提供したいと思っていた


私にとってあったかいごはんのイメージは
いつだっておかんが作るようなごはん
家庭料理にあたたかさを感じる



自分で食事を作るつもりなんてなかった

でも
「宿をやるならあなたのごはんも一緒に食べたいよ」
と言ってくれる人たちが思いの外いてくれて
自分でやってみたいと思うように変化した






それを周りに話していたら
「宿」は
「泊まれる食堂」に変わっていった






私は

この街が好きで
この街で出逢った人も好きで




それらを

今まで出逢ってきた
大切な人たちへとつないでいきたいのだと思う






みんなの鎌倉の家


みんなの食堂




遠くにいる大切な人にも
近くにいる大切な人にも


愛していただけるような場所



そういう場所を創りたいのだと思う





*めぐってきた「チャンス」


選択肢が溢れていた

どれもすべて楽しそうで
こういうことに繋がりそうだな、生かすことができそうだなと思えるものばかりで
きっと私にとっていいものに違いなかったと思う



でも
腹の底から納得できなくて

一度すべてをリセットした





が、リセットした途端にだ

その途端に
最高のご縁は転がってきた


この話はまたゆっくり書きたいと思う






すべて

私一人の力では絶対に起こらなかったことで
周囲の方々がプレゼントしてくださったものばかり





本当に
一人の力では
こんな風に生きていくことはできない




私のやりたいことを聞いて


「そんなこと無理だ」
「現実的じゃない」


という人も正直たくさんいる







でも

それでも応援してくださって

道を一緒に模索してくださる方々が
支えてくださる方々が

「失敗してもいい」
「前へ進むことは忘れないで」
と見守ってくださる方々が

あまりにたくさんいてくださって

私は本当に本当に幸せ者だと思う






チャンスは万人に用意されていると聞く


しかしそれを
「チャンス」と捉えるか
「壁」と捉えるか

物にするのか

立ち向かうのか逃げるのか

気づかず通り過ぎるのか



それはその人次第なのだそうだ


どれも間違いはない
すべて正しい


物事はすべてタイミングとバランスだ








めぐってきたチャンス

与えていただいた好機






心地よい秋風を感じる季節


人生の新しい一歩を踏み出すと答える時が来た